プロフィール      JUL.2009更新

登山靴を履いて初めて山なるものを歩いたのは1960年10月でした、同期の坂野君と北九州の牛斬山から福知山の縦走でした。
 それから気心の知れた仲間と九州の尾根を四季を問わず蝸牛のごとく這いずりまわる山で、岩のつぶやきやハーケンのひびきは知ることなく育ちました。
 房総の地に転勤となり、山やスキーが近くなったと喜んだものです。
 そしてこの地でも新たな山仲間が出来、あちこちの山を歩いています。
 山との関わりにもう一つの大きな要因があります。
 それは成人式で串田孫一さんの記念講和を聞いて、彼の山の本を読み漁り、彼の思考に共鳴(感化)し、少なからずも私の人生観に影響を及ぼしたと思います。
 これからも山への夢を描き続けて生きたいと思います。

杉の丸太で仲間と組み立てた睦五郎小屋で、鉈目会の棲家としています。気軽に遊びに来てください、山・自然・鳥・走等酒を酌み交わして語りましょう。
                         SINCE 1991
薪ストーブを据付
2003.12.14火入れ式
耐火・煙突・壁穴あけ工事等は全て自前です。柔らかい暖かみが感じられて居心地が更に良くなりました。
2006年10月には屋根と丸太の周壁を塗り替えました。

2004.4.20
妻の初作品、梟のランプシェードを睦五郎小屋に取り付けました。

2004.7.03
九州の山仲間・坂野君の作品です。玄関に取りつけました。

クリックください
九州の灯陶釜の髭親爺(坂野君)作品の「睦五郎小屋陶板」を取り付けました。2008.6.3
睦五郎小屋に西側にアトリエを増設しました。郷里の向郷白頭火こと奏君と二人で造作したものです。約2.5ヶ月掛かりましたが、この期間は楽しい日々でした。

名 前; 山田睦男     B型 魚座
住 い; 千葉県君津市泉  鹿野山の山麓
家 族; 妻と娘一人(娘は2009/2にようやく嫁いでくれました
生 れ; 福岡県鞍手郡木屋瀬町(現、北九州市八幡西区)でとれる
経 歴; 八幡の鉄鋼メーカーに就職、1968/8君津へ転勤、山・スキーが身近になったと喜ぶ。1995/10鉄鋼マンから医療法人社団志仁会薬丸病院に転職、2000/12退職し第2の人生に向けて勉強を始めるも老化した頭がついて挫折。2001/7より嘱託として再度薬丸病院にお世話になっていましたが、2006年/12に再退職いたしました。
2007年からは完全にフリーです。

仲 間;
カルチャースクールで「熟年初心者登山教室」を開講したのが平成12年9月、その後OBの皆さんと「こぶし山の会」のアドバイザーとして楽しい山歩きを続けて平成18年8月で満6年を迎えて私は退会させていただきました。この6年間で138回の山行を重ね、事故もなく無事に過ごせたことに感謝し、私自身が一番大きく成長したのではないかと思います。ありがとうございました。

同期(九州)の人生と山の仲間と「SCRAP36CLUB」山の会
君津の元職場の仲間と
「君津鉈目山の会」
山をライフワークとして継続するために始めたジョギング仲間と「なため走友会」
中央構造線を4年間歩いた仲間との「酒を楽しく飲んで・・・歩く会」
年相応の山歩きのため、山の鳥に興味を憶えた
「千葉県支部野鳥の会」等等
多くの仲間や人生の諸先輩に支えられて残り少ない人生を満喫しています。

2007年4月から、木更津カルチャースクールの社長から「登山教室」開講を進められ再開しました。前回の時から7年しか経過していませんが、熟年の山への関心は高くなっていて、それも各公民館主催のハイキングに集中していて
、授業料を払ってまで登山教室への受講生は少なくなっていますが、実践の山歩きは人数が少ないだけあって意思疎通があり楽しいものになっています。
現在はプライベート山行を月2回房総の山中心に行なっています。

地域の小糸レインボークラブでウォーキング指導員として月1回近辺の低山を歩いています。参加者は40人前後で年齢も経験も大幅な差があって大変ですが地元の人たちからの知識導入も楽しいものです。

 

今、1000座&都道府県最高峰達成で自分史の作成に取り掛かっていますが、なかなか筆が進ません。