船の山旅・三浦半島・岩堂山 
  高さ86.8mである。国土地理院の地形図に記載されている山としては神奈川県で最も低い。岩堂山は「山」という名があるが「山」というイメージとは異なり、山頂付近まで畑が広がっていて、三崎砲台の遺構がありました。

 三浦半島には金谷からフェリーで渡る山旅となり、過去の自分の船の山旅を振り返ることにした。船での山旅は情緒があるので大好きです。
 九州時代に四国の瓶ケ森から石鎚山縦走を二度歩いたが、当時は四国には橋が無く尾道から松山に船で渡ったと記憶している。最高の思い出は洋上アルプスの屋久島で、屋久島には飛行機も飛んで無く、鹿児島港から船も直接着岸できなく艀に乗り換えるので海が荒れていると出航されなく我々も一日鹿児島で待機させられ泊るには金も無く出航予定の船に泊まらせてもらった、良き時代だった。
 佐渡島の山、利尻岳、伊豆大島、八丈島へは台風余波で船酔いが激しく上陸しても身体がふらついていて最悪の船旅だった。三浦半島には今年2月にも三浦アルプスをはじめ10数回はフエリーのお世話になっています。(記録の内容が乏しく過去を振り返りました。)

 日程  20201210日(木)
 メンバー ソロ 
 行程  自宅7:25=金谷港9:20=(フェリー)=久里浜港10::00=〈バス〉=京浜久里浜駅10:27=(電車)=京浜三浦駅1045=(バス)=大乗11:15石堂山(87m11:45…(城ヶ島大橋)…城ヶ島三等三角点(29m13:00…三崎港13:40/14:15=〈バス〉三崎口14:46=(電車)=京浜久里浜駅15:45=久里浜港16:20=(フエリー)=金谷港17:00=自宅17:40  <行動時間;2時間25分>
 

バスを降りてこんもり山が

岩堂山の謂れ

畑のど真ん中に三角点

畑の中に三角点

大奮発の
 天気予報では10日は晴予報なので即実行することにしたが、起きると小雨が降っていて金谷に着くと雨粒も大きくなってきて、その上、金谷発の時刻を8:20と思っていたら間違っていて今日は止めようかなーと思って天気予報を検索すると9:00過ぎには晴れるとなっているので寒い待合室で本を読みながら待つことにした。久里浜に着くと青空も覗き始めていてヤレヤレです。

 バス・電車・バスと乗り継ぐこと約1時間で石堂山に一番近いバス停‘大乗’に着いた。周りは大根畑等々が拡がっていてその中にこんもりとした森が岩堂山らしいと狙らんで鳥居を潜った先は白山神社で取り合えずお参りをして、この先に同じようなこんもりとした森が、裾に古びた石堂山の謂れが書かれた標識が立っているが登山口が見当たらなく登って行くと大根畑でその先には進めそうもなく引き返して裾をぐるりと半周すると北側に砂利道がありこれを登って行くと大根とキャベツ畑の中央ににょっきりと立っている三角点が、その奥には城ヶ島が眺められる。野菜類が成長すると三角点は隠れてしまうのではと心配した。
 高みの藪の中に入ると砲台跡らしきコンクリートが残っていたがその先は進めなかったので砂利道を降ると自動販売機が3台あって、つり銭の受口に指を突っ込んで小銭の有無を確認している散歩中のおじさんを見つけたので話しかけると病気で難聴になったと会話が通じなかった。

 城ヶ島を目指して降る途中、大根畑の奥に霞んだ富士山があり澄んでいれば見事な風景だろうなと思った。

城ヶ島大橋を渡るときに、三浦国際ハーフマラソンが三浦海岸駅から城ヶ島大橋先で折り返しで開催されていたのを過去3回参加しているのを思い出し、次の目標の城ヶ島三等三角点は大橋を渡り終えて直ぐに右側に石の階段を登って踏み跡を辿っていくのだが、その取付点を見逃して道路を進み過ぎて引き返して進んでいくと個人で開墾したと思われる畑が幾つも点在していて藪漕ぎの先に三角点を見つけたが、それは畑の中にあった。開墾者は邪魔だからと排除しなかったものだと感心した。

 二つの三角点を踏んだのでご褒美にと三崎港に足を向けて遅い昼食を大奮発して刺身定食(¥1,700を注文した。1階席は空いているがお客は2階席に案内されて部屋としては蜜状態ではなかろうかと思ったりもした。これも経営者は従業員の効率を考えてのことだろう。大奮発の割には新鮮味に乏しいようで損した気がした。

 帰路もバス・電車・バスと乗り継いで、フェリーからの夕焼けがトキ色等に七変化する空を眺めながら帰途についた。

 歩く時間は短いが丸一日を要する長旅だった。

 三浦半島の南の方の山は歩いた感じなので残るは鎌倉近辺の山をリサーチして春には出かけよう!!