乾徳山に登ったのは何時だっただろうか?山歴をたどると1983/11の33年前が最初で、国師ケ原にあった小屋に泊まって薪ストーブが燻った記憶がある。その後は1998/11に2002/4は大平牧場からこぶしの会の仲間と歩いて依頼だから14年振りとなる。 今回は乾徳山大好き人間の吉ちゃんからの誘いがあって、帰路のコース上にまだ踏んでいない‘道満山’が組み込まれていたので参加することにした。 出発前日25日の雪で、軽アイゼン・ストック・ヘッド゙ランプ必須のメールが来て、これに怖気ついて藤原さんが1度はキャンセルしますと言っていたが、彼女の健脚と軽アイゼンなんか心配しなくてよい、サポートするからとのことで参加となった。 |
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日程 | 2016年(平成28年)11月26日 |
メンバー | 山田、吉島、伊藤、石田、藤原 (車は伊藤号) |
行程 | 君津IC5:00=勝沼IC=7:50徳和P(830m)8:10…登山口8:45…銀晶水9:30…錦晶水10:45…国師ケ原11:00…扇平(1850m)11:30/12:40…大平分岐13:35…道満山(1314m)14:20…登山口15:10…徳和P15:20=マンズワイン・七福17:35=勝沼IC=君津IC20:00 <行動時間:7時間10分> |
大展望に至福に時間を過ごして(スライドショー) | |
記録 | オリオン座と上弦の月に見送られ、闇が明けると25日の雪が残る中央沿線の山々や富士山や南アルプスに迎えられて乾徳山登山口徳和Pに計画より40分遅れで到着。 遅れた理由は小生の水戸黄門様の不機嫌と談合坂での朝食時間の延長可か? 駐車場に登山者のマイカーとおぼしき車が数台、我々も透き通った青空の下を出発した。かの有名な山梨名産の「あんぽ柿」が民家の軒先を飾っていた。 登山口から杉林から唐松林からコナラの木々に変化して、ふと振り返ると樹間に富士山が望める。 銀晶水・錦晶水と水場で一杯やって高度が上がってくると完全に雪道になってきた。途中、休憩時に‘ぐみ’という菓子なるものを噛むと何か「ガリー」と、なんと左下の奥歯の被せ物が取れたのだった、又嫌な歯医者通いか。 国師ケ原に到着、白樺林の中に洒落た高原ヒュッテが、33年前は朽ちかけた小屋だったのに。御坂山塊の奥に雲海に浮かぶ白銀光る富士山から毛無山に大好きな笊ケ岳から聖岳・赤石岳・荒川岳・塩見岳・農鳥岳・間ノ岳・北岳・・・に。眼下には甲府の街並みが玩具のように整列している。ここは扇平11:30です。 この時間から登って登山口に戻るのにコースタイムで3時間35分、雪の状態や食事時間に我々の脚力を考慮すると5時間00分はかかるだろう、そうすると登山口に戻るのは16:30とうす暗くなる。と判断した吉ちゃんリーダーは「ここで展望をおかずに食事をして山頂は諦めます」と宣言。5人とも1度は山頂踏んでいるので誰も文句なし大賛成です。 <山頂を極める山登りもあれば、眺望を楽しむ山登りもある>と自分自身を納得します。 自分は道満山の4等三角点を踏め1568座目と今回の山行目的を遂げたことも大収穫でした。 無事下山して発車しようとするとバスに数分乗り遅れた女性が、我々のドライバーさんは優しく声を掛けて塩山駅まで送ってやることに、彼女は我々より遅く出発してほぼ同時に戻ってきていて健脚だ。「山頂を踏んできた、先週は西沢渓谷を歩いた、月に1度は山歩きをしている、松戸市から来た、富士山は判ったが他の山名は判らなかった」等々と語って、我々が推測するところ「30歳超で独身」と判断されていた。 マンズワインの試飲には間に合ったが、バーベキューは閉店なので近くの‘ほうとう’店に入ってドライバー二人はノンアル、残りは生ビールで乾杯した。ドライバー以外の3人は熟睡して石川SAで目を覚まし、藤原さんは「渋滞がなくて速かったですね」熟睡してもわかるのだろうかと笑いを誘っていた。無事君津に到着できました。ドライバーの吉ちゃん、勉ちゃん毎度毎度ありがとうございます。 |
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